将棋入門・再開・初心者上達法
将棋上達法将棋入門入門その後初心者講座1歴史・プロの世界いろいろ・コラム

将棋HOME歴史・プロの世界>中世の日本将棋/大将棋・中将棋・小将棋

中世の日本将棋/大将棋・中将棋・小将棋…

 

 将棋がいつ頃、どこから入ってきたのかは定かではありません。しかし、将棋が指されたことについて書かれている平安時代以降の文献や、駒の動かし方を記した写本、あるいは出土品そのものから、中世にはさまざまな種類の将棋が存在したことが分かっています。ここでは江戸時代以前の大将棋、中将棋、小将棋などについてお話しします。

平安時代の「将棋」と「大将棋」

 平安時代に「将棋」というものがあったことは、文献から分かっています。平安時代の書道「世尊寺流」の開祖、藤原行成の「麒麟抄」に、将棋の駒の書き方が記されており、少なくともこの頃には将棋というものがあったと考えられています。この他にも、藤原明衡の著とされる「新猿楽記」にも、琴、尺八、囲碁などと並んで将棋の記載があります。しかし、駒の種類や配置などははっきりせず、推測の領域から出ることはできません。少なくとも当時の「将棋」は、現代の将棋とは異なるもので、後述する「小将棋」とも違うものでした。

 当時、暇を持て余した平安貴族は、文化・芸能にいそしむ毎日を送っていましたが、その中に将棋が加わったのは、囲碁よりもだいぶ後のことでした。それも先ほどの「将棋」ではなく、「大将棋(おおしょうぎ)」といわれるものです。この頃の将棋は取った駒が使えないルールでしたが、駒の形は今のものと同じ細長い五角形でした。このような形の駒は世界に例がなく、仏教の影響と考えられています。

大将棋の盤と駒

 大将棋はその名の通り大がかりなもので、15×15の盤を使い、29種類の駒130枚も用いて指される最大規模の将棋でした。駒の名称はすでに現代と同じ、王将、飛車、角行、金将…以下、歩兵までありますが、その他に銅将、鉄将や、奔王、龍王、獅子、鳳凰、猛牛、猛虎…など、想像上の動物(?)を含むいかにも強そうな名前の駒が登場します。駒の動かし方を覚えるだけでも大変そうですね。

中将棋の盛衰―戦後まで生きのびたその魅力は?

 中将棋は12×12の盤を使い、21種類、92枚の駒を用いる将棋です。大将棋を少し簡略化したと思われる形の将棋で、中世にはこの将棋が最も流行したことが様々な文献からうかがえます。

 次に中将棋の盤(自陣のみ)に駒を並べた図を示します。漢字の見た目からも、ロマンにあふれた雰囲気が見て取れます。経済的に豊かで暇の十分ある貴族や武家が、中将棋に夢中になったのも無理はありません。

中将棋の盛衰―戦後まで生きのびたその魅力は?

 中将棋は江戸幕府が開かれるまではかなり指されていたようですが、徳川家康が将棋家元制度(次ページ)をつくった際、すでに普及していた現代将棋のみを保護しました。そのため、中将棋は徐々に衰退していったのですが、一部の愛好家の間で細々と指し継がれ、明治・大正をかいくぐって戦後まで生き延びました。

 中将棋には現代の将棋とは別の魅力があったようです。それはチェスをも上回る派手な駒の動きと、そのロマンあふれる名称、スケールの大きさ。取った駒を使える将棋の奥の深さとは次元の異なる楽しさです。

多種類の将棋の誕生と、現代につながる小将棋

 話は前後しますが、大将棋のあと中将棋が生まれ、さらに小将棋(小象戯)が生まれました。小将棋は駒の種類や数から考えて、現在の将棋の原型と考えられます。

・現在の将棋 : 9×9 の盤、8種類の駒、総数40枚
・小将棋 : 9(横)×12(縦)の盤、9種類の駒、総数42枚


 小将棋の駒の配置は現代の将棋の駒に「酔象」という駒が加わっただけで、駒の配置も王の上に酔象があることを除いて、まったく同じです。ただし、自陣と敵陣の間が6マスと遠く、歩がなかなかぶつかり合わないのが特徴です。

 一方、将棋が小型化していくのに逆行するように、大将棋をさらに大型化した将棋も生まれています。次に示すように、夢とロマンに満ちあふれた将棋と言いたいところですが、実際に指されていたものかどうかは疑問視されています。ゲームの解説書はあるのですが、遊ばれたことを示す確かな記録が見つかっていないのです。単に飾って楽しむためだけに、盤・駒を作ったとは思えないのですが、謎に包まれています。

天竺大将棋  16×16の盤、36種類の駒、総数156枚
大大将棋    17×17の盤、65種類の駒、総数192枚
魔訶大将棋  19×19の盤、51種類の駒、総数192枚
秦将棋     25×25の盤、93種類の駒、総数354枚


  TOP   HOME